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遼寧振興生態造紙
Shengtai Paper
2014.11.3
レポート : 【 2014.5   【 2014.11 】  【 2017.5 】  【 2017.10-準備中 】  
         
   
前回(2014年5月)訪問の際は、製紙工場の生産ラインが点検中であったため、本格的な葦の輸送は 行なわれていませんでした。

3年前に金城造紙を訪問した際に見かけた、 「積みあげられた葦を引き摺るようにして 列車が走る シーン」 が忘れられなくて、再訪することになりました。

なお、今回は この後 阜新へ向かう予定であったことから、阜新のガイドさん(谷満春氏)にお願いして、彼の運転する乗用車で 案内していただくことになりました。

夕方、大連北駅からの高速鉄道で 盤錦駅に到着したところを、 ガイドさんの乗用車に ピックアップ してもらいました。   
  
   

 
 
  その日は、ガイドさんの提案で 東郭鎮の東はずれ にあった旅社 「中心飯店」 に 宿泊することになりました。

旅社のすぐ裏手には、遼寧振興生態造紙の線路が敷かれていました(なんと素晴らしい立地条件でしょう!)。

その旅社の主人によると、葦の輸送列車は 土日を問わず、10往復ほどが 殆ど毎日走っている そうです。

写真は翌日撮影した旅社の裏庭の様子で、手前には線路が見えます。
     
  翌早朝、工場と東郭鎮の間で 列車の接近を待ちますが、一向にやって来る気配がありません。

寒い中、線路際で カメラを構える我々を、地元の人達は珍しそうに見ていました(写真)。

やがて、バイクで工場に向かう職員から 「今週から、南部の各集積地に、トラックで葦を搬入するるので、向こうからの葦の輸送列車は 当分の間 走らないよ」 「今日 走っているのは、工場から北東に向かう線だけだね」 と教えられました。
 
     
  そこで、乗用車でも通れる道路を探しながら迂回していくと、工場から 3km ほど 北東にある 橋梁に たどり着きました。

折しも やって来たのは、半拉崗子 という葦の集積地に向かう 空車列車 でした。

列車を牽引していたのは、5月の訪問時にも 見かけた 16号機 でした。
 
     
  その空車列車を追いかけて、1kmほど北東にある 半拉崗子 の 集積地 にやってきました。

引込線を歩いて行くと、機関車が ポツンと 停まっていました(16号機)。

奥に うす黒く小山のように見えているのが 積み上げられた葦で、林立する 柱は 避雷針です。
 
     
  16号機の銘版で、2012年6月の製造と記されています。
 
     
  貨車は、集積場の奥まったところに 停まっていました。

こちらでは、葦の積込作業が行われていました。
     
  集積地にある他の側線から、葦を積んだ 別の列車ががやってきました(12号機)。

このまま、工場に 運んで行く模様です。
     
  昼休みとなりましたので、集積場から 支線との分岐点に戻ってみると、いつの間にかやってきた 保線工事列車が 停まっていました(9号機)。

こちらの機関車は、先ほど見た 12号機や16号機 等 に比べると 小型で、塗装も 4色に 塗り分けられています。

'14年7月に訪問された SY1698様 からの 情報によりますと、遼寧振興生態造紙 が 最初に導入したタイプの 機関車 だそうです。
 
     
  9号機の銘版です。

2011年1月製造 と記されています。

職員に話を伺うと、保線作業を行なった後、15時過ぎに 工場に戻る予定 だそうです。
     
  先ほどの 橋梁まで引き返し、 まず 半拉崗子からの 葦の輸送列車を 撮ることにしました。
     
  葦を満載した列車が、水路脇の踏切を通過していきました(16号機)。

このあたりは、交通量も少ないためか 警報機や遮断機の設備は ありません。

代わりに、列車は警笛を鳴らしました。
     
  同じ列車です(16号機)。

先ほど 積み込まれた葦が 載っています。
     
  次に やってくる 保線工事列車は、工場から 北東1kmほどにある 三公里 と 呼ばれる地点で、撮ることにしました。

職員から聞いていたとおり、15時20分位になると、列車が近づいてきました(9号機)。
     
  川の中州にある土手の上で、葦原を抜けてきた 列車を撮りました(9号機)。
 
     
  この辺り、見渡す限りの 葦原 が 広がっています。

葦の穂が 夕日に映えて、美しい眺めでした。


 
     
  川を渡り終えたところに、 工場へと向かうデルタ線の分岐点があります。

列車も、ここから、デルタ線を左手に入って行きました(9号機)。

終点の製紙工場は、まもなく です。
 
     
  最終列車の通過を待っていた 農婦が、自転車を抱えて 橋梁を渡り始めました。

私達たちも この地を 離れることに しました。